バドミントン医学生ぬーみんの、目指せ復帰な日々

某大学の医大生が残り僅かのモラトリアムを楽しもうとした矢先の大けがを克服していくブログ(予定)

頑固じーさんの余命告知、ホスピス転院、緩和治療

こんにちは、ぬーみんです。今日は心にダメージを食らって頭の中にしこりを残した日でした。最後の最後で患者さんのご家族さんとのIC(患者さん抜き)、死を受け入れてもらいつつホスピスへの転院を促す内容のICに同席しました。

 

患者さんは頑固なじーさんで、7年前にガンAを発症、6年前にガンAを別の部位で再発、去年ガンBを発症した方です。すべて某大病院で化学放射線療法で治療されて寛解まで持ち込んでいます。ガンAは日本人には珍しいがんで平均予後は2~3年といわれておりガンBも進行した状態で見つかったので、何度も死の淵を乗り越えた方ということになります。いろいろな職に就きながら70才を超えてからもお仕事を続けてこられて、ガンBが発見されるまでずっと仕事をされていたそうです。今は禁煙されていますが昔はキチガイみたいに煙草を吸っていたそうです。

 

じーさんは実習4クール目の月曜日に急激に進む呼吸困難を主訴に緊急入院となった方です。原因は右肺の胸水で、ドレーンを留置して3L程抜いてあげるとかなり楽になったようです。このころはまだまだ元気で、移動には看護師が付き添うことになっていたのです(酸素吸入の必要があったため)が面倒だからと勝手にウロウロしたり、面倒だからCOPDの吸入薬を勝手にやめたりと看護師さんを困らせていました。

胸水の鑑別は困難を極めました。可能性としては

  • ガンAの再発
  • ガンBの再発
  • 新しいガンCの出現

がありました。ガンAの主治医の先生に鑑別をお願いしたのですが、典型的なタイプとは違うので時間をくれと言われました。その間、じーさんとは色々な話をしました。動脈閉塞症と診断されたのに煙草をやめられなかった話、甥が某大の法学部にいる話、お仕事の話、野菜が嫌いなこと、つい2か月前まで元気にゴルフをしていた話、入院直前も車で来たこと、昔のガンのこと。治っても仕事をしないなら楽しみなんてないってことも。

 

転機が訪れたのは実習4週目。SpO₂の変化はないのに呼吸困難が増強して夜も眠れないとの訴えがありました。あんなに元気だったじーさんはげっそりと頬がこけてご飯がほとんど食べられなくなっており、苦しさのあまり座っていても前傾姿勢しか取れず、胸壁の一部が膨隆し痛がっている様子でした。

また病理の最終結果も出ました。結果はガンAの再再発。全身状態としては1日の半分をベッド上で過ごしている(PS:3)状態の上にガンAの薬剤感受性が低いことから、抗がん剤治療はできないと診断されました。そして余命は2~3か月。半年後の金婚式までは持たないだろう、と。治療方針としては胸水コントロールのメドがついたら慢性期病院かホスピスに転院するいうことに決定しました。

 

この時ご家族には余命や具体的な病状について説明済みだったのですが、じーさん本人は聞きたがらなかったので何も言っていなかったそうです。ご家族さんの話だとじーさんは某大でなら今回も回復すると信じて、食欲がないのにごはんを無理やり食べて腎臓を悪くしないように鎮痛剤を極力飲まず痛みに耐えていたそうです。

 

ここで医療者として患者さん本人に医学的に正しいことを伝えるとしたら、ゆったりとしたホスピスで痛みをとったり呼吸困難を和らげる緩和ケアを受けつつ家族と最後の時間を過ごすのがいいですよ。専門の医師看護師が24h対応してくれるし面会時間や外出の規則もゆるくてより好きなことができますよ。病状が悪くなってから余命を伝えるのは今伝えるよりもはるかに精神に大きなダメージを与えるし、何よりこれ以上タイミングが遅れると移動できなくなりますよって感じですね。(某大病院は急性期病院なので回転率を上げるためにも出ていただかないと困ります)

でも、じーさんにとって某大を出ていくことは即ち死を意味するのです。今まで大学から転院せずに回復してきたのですから。今日のご家族さんと話し合いでは、今じーさんにすべてを話しても生きる希望を奪われながら死んでいくことになる、人生でやり残したことは特になさそうだからもう少し待ってもらえないかといわれました。じーさんはまだ治療することを諦めていないのです。

医学的に正しいことと患者さんにとって最良のことは違うのです。

 

今日撮ったCTではここ3週間で腫瘍がかなり増大し右主気管支が狭窄、右上肺野が閉塞性肺炎からの気胸、胸壁への浸潤(いわゆる’ガンの花’の前駆状態のようなもの)が見られました。もう命の限界は近づいているようです。

 

1か月同じ患者さんを診ていると元気になる様子も弱っていく様子もすべて見ることが出来ました。苦しんでいる患者さんを目の前にした時に何とかしたいと思ったその気持ちをいつまでも忘れないようにしたいと思います。年内にじーさんはきっと亡くなるだろうけど何もできない学生の自分にもありがとうって言ってくれたじーさんのこと、じーさんが大変な時に自分のひざのことを心配してくれたご家族さんのこと、このクールで感じたリアルを忘れないようにここに記事にします。

この記事がじーさんの生きた証になりますように。